患者様の声
※患者様の人工股関節手術体験談を、ご本人のご了承の上で掲載いたします。
股関節手術をして
佐合 義弘 様 82歳

今年で82歳。家内を亡くしてから20年あまり、現在までずっと一人暮らし、掃除、洗濯、買い物、食事の用意、家事一切すべて自分でこなしている老人です。股関節が痛くなる前は中国旅行のアシスタントをアルバイトでお手伝いをしていたほどの健康状態でした。それに私の趣味はいろいろありますが健康に寄与していた趣味はなんと言っても乗馬でして、かれこれ70年近い乗馬歴です。
私と馬の付き合いは水戸の内原にあった「満蒙開拓青少年義勇軍訓練所」から始まっていました。16歳にして満蒙開拓青少年義勇軍の一員として満州に渡った時、最初に与えられた仕事が馬の飼育係だったので16歳から馬を扱う仕事に関わって、終戦後は中国に抑留され、やはり馬に関わる仕事で生活をしていました。
中国から日本に引き揚げてからは、北海道大学で勤務するうち大学の乗馬同好会に入会し、再び馬術部で馬に乗るチャンスにめぐり合い、以来今日まで約60年間、馬から離れることの無い生活をして参りました。平成19年の春頃から左股関節が痛くなり、何軒か整形医の先生に診てもらいましたが、治るどころかだんだん悪くなる一方で、同年の秋ごろから外出も杖、更に家の中でも杖にすがる生活となりました。平成20年に水戸市内の病院の整形で「手術をしないと駄目です」更に「手術後は乗馬はできませんよ」と宣告されがっかりしていると「乗馬を諦めたら手術しましょう」ということになり、鎮痛剤と貼り薬を処方していただき、痛みを我慢しながら何とか乗馬を続けていたのです。そんな時、国立病院の跡地に建設された「北水会記念病院」にも整形があることを知って、どうせ薬をもらうだけなら近い病院がいいと軽い気持ちで、平成21年夏に「北水会記念病院」の整形の待合に並びました。
私の順番が来て平澤先生に診ていただくことになり、レントゲン写真を見てやはり手術が必要である状態であることを告げられました。しかし、ここからが今までと違うのです。「手術後は乗馬もできますよ」。この一言で私の余生に希望が見えました。初診で私は迷うことなく手術の日程までさっさと決めてしまったのです。

そして、手術の準備にかかり各種の検査を済ませて平成21年9月24日に手術となり、リハビリも順調に進み無事退院。退院のその日からマンションの一人暮らし、入院前と同じように家事一切を自分の手で、何不自由なくこなしています。何より先生から「佐合さんは馬に乗ってリハビリをしなさいよ」と言われ、翌日早速馬に跨ってみて、歩かせてみて、走らせてみて、どれも何ともない、痛みもない、現在は写真のように乗馬を楽しんでいます。今年は中国旅行の計画もあり、これも全て股関節手術のお陰です。
私と同じ股関節痛の方、まずはよく診ていただき、手術を恐れず平澤先生の医術と経験を信頼し、安心してお任せすることをお勧めします。そして、大事なことは手術後のリハビリをしっかりやって、楽しい生活を送りましょう。
MIS人工関節置換術体験談
K.N様 46歳 女性

「かなり歴史のある股関節ですね」私のレントゲン写真をみての一言これが、平澤先生との出会いでした。
そう、私は生まれつきの両変形性股関節症で、すでに中学のときに自己骨での手術をしており、何十年かがたち、もう人工関節の道しかないと言われていました。
自己骨での手術のおかげで、運動が大好きな私はウインドサーフィンとサーフィンを長年楽しむことができておりました。しかし、年齢とともに、軟骨を消耗してしまい痛みの真っただ中にいました。
そんな中限界を感じ、いろんな病院にも行き、インターネットでも調べ、MIS(Minimally Invasive Surgery:最小侵襲手技)という最新の手術を知りました。
これしかないと思いMIS手術の可能な病院を探しあて、そして平澤先生とも出会うことができました。
MIS手術とは、横からの少しの切開ですむので、手術の体へのダメージも痛みも少なく、その為リハビリが早期に始められるので入院日数も少なく、早期の復帰が可能で、両足同時に手術も可能というものでした。筋肉も切らないので無理をしなければ、脱臼のリスクやとってはいけない姿勢などがほとんどなく、日常生活はもちろん、私のようなスポーツがしたい患者にはとても嬉しい手術でもありました。この手術が可能な病院と先生はまだ少なく、平澤先生に出会うことができたのは本当に良かったと思っています。
いろんな病院に通ってもずっと手術は決められなかったのですが、この時は初めての診察で、手術の日を決めて帰りました。先生の「4ヶ月で海に入れるよ」とのお言葉を信じ、冬の寒いうちに手術とリハビリを頑張って、暖かくなるころには海に復活することを目標に頑張ろうと....
実際に、手術後の痛みもそれほどではなく、その日に自力で車椅子に乗り、次の日からリハビリを開始することもできました。入院生活は、看護師さんやリハビリの先生たちに優しく支えられ、同じ手術をされた痛みを知る仲間達と毎日楽しく過ごし、車椅子、歩行器、杖歩行、と1日1日少しずつ回復していき、私の場合は、両足同時手術なのに、約3週間で退院することができました。
術前は、ひよこみたいに歩いていたのに、退院の頃には、手術の両足に体重を乗せ、なんとか杖なし歩行も可能になっていました。入院中、先生はいつも先に進む目標を提示してくださり、「大丈夫ですよ」と励ましてもくださいました。
悩んでいらっしゃる方達が何か感じてくださればとあえて書きますが、
人工関節は約20年、スポーツなど使い方の激しい患者はもっと早くに再置換手術とも言われていて、私の場合も60歳代で入れ替えの可能性とのことですが、人生の考え方は人それぞれで、活動期である今を大切に楽しむことを選びました。
医療の進化はめざましく、中学の時の手術に比べ、今回の手術はかなりの進化を感じ、20年後はもっと進化しているに違いありません。60代であれば、ほぼ一生ものなので、痛みで苦しんでいるなら、迷う必要はないとも感じています。
それよりも、両足同時手術をした私だから感じられることもあり、重症の右足と軽症の左足とでは、手術後の経過も今後の活動においても、かなり違いを感じたことは確かで、あまり重症になる前に手術することも大切かもしれないとも感じました。
退院後、日常生活にも少しずつなれてきて、水泳と筋トレをし、先生のお言葉通り、4ヶ月で海に入ることもできました。諦めかけていたのに、痛みのないサーフィンはとても心地よく、周りの友達にもあまりの回復の早さにびっくりされ、せっかく先生に治して頂いたのだから、これから年を重ねても、しなやかに動ける体でいたいと思い頑張っています。今は、地元の病院のフィットネスクラブに通っていますが、そこでは「両足人工関節でサーフィンしてる人は初めて見ました。」と驚かれています。リハビリの際に先生にモデルのように歩きたい!と綺麗な歩き方を一から教えていただき、歩き方も綺麗に歩けるようにもなりました。
毎日の愛犬の散歩も、自転車でしかできなかったのですが、もう老犬の彼には、ゆっくり海辺を歩いての散歩がとても幸せそうです。立ち止まって見る海のオレンジ色の夕日は、とても美しく、景色は変わらないはずなのに不思議な気分です。
この夏は、サーフィン、フィットネス、散歩、ガーデニング、ショッピングと楽しい毎日でした。
定期的に、入院仲間とも股関節同窓会をひらいて痛みのない幸せを分かち合っております。
自分の足で、神奈川の茅ヶ崎から電車に乗って、定期検診で先生にお会いしてお話できるのも嬉しくて、幸せを感じる瞬間でもあります。
平澤先生!痛みがないって、なにをしても楽しいものですね♪
すべて、平澤先生や、病院のスタッフの方々のおかげでとても感謝の気持ちでいっぱいです。
信頼できる主治医である先生と手術に出会うことができたことは、これからの人生に大きな安心と幸せをもたらしてくれるに違いありません。
平澤先生、お忙しい先生ご自身のお体も大切にして下さいね。ずっと頼りにしておりますのでこれからも、どうぞよろしくお願いいたします。ありがとうございました。
人工股関節全置換手術の重み
中村 勝子 様 60代 女性

2010年7月1日、平澤先生執刀のもと左・人工股関節全置換手術をしました。
手術は心身ともに一変、今後の人生に大きな可能性を拓くスタートとなりました。現在の心境は「手術を受けて良かった!!」につきる。天と地の差を感じています。
私の趣味は『登山』。子育て時期を除いて、国内外、数多くの山を登り27年になります。〔家庭・仕事・山行〕バランス良く充実した日々を過ごして来られたのも、家族の理解・自身が障害なく健康であったからです。『山』は生活・人生の一部です。
ところが2009年4月、1月頃から山行中に左足が重く違和感があり、近くの整形外科医院を軽い気持ちで受診する。診察の結果は左変形性股関節症。早い時期の手術を宣告されました。痛みが無く「ヒマラヤ帰国後早々の雪山の過剰トレの疲れ」位に思い続行しておりました。まさか股関節が原因とは・・・幾つかの病院を受診するが、結果は同じ。
その上、日常生活・運動に制限があり、低山ハイキング程度ならOK。しかし、私の山行形態による登山は禁忌と告げられる。変形性股関節症について情報収集するも、一般的には同じ内容でした。当然4月のヒマラヤはキャンセル。頭の中は真っ白、滑落直前の気持ちになりながらも、今の山行形態をシフトすることは出来ず、痛みが無い分、保存療法を選択し、牽引・湿布薬・内服薬の処置を続ける事に。
再度9月末のヒマラヤ行きを決め、6月にトレを再開すると同時に『股関節チェック表』を作り、毎日のトレ内容・生活状況・股関節の症状等の記録を始めた。今も続けています。
「良い」と聞けば何でも試みた。現状維持の為、八王子スポ-ツクリニックのメディカルトレ-ニングを週2回片道3時間半、直前まで通うが、この時点での症状は「1ヶ月の山行は無理」と自身で判断、又もキャンセル・・・・落ち込みました!!
この段階でも人工股関節への選択は出来なかった。まだまだ登りたい山があり、その気持ちを抑える事が出来なかったから・・・・。
またも翌年3月のブータン山行に向け、10月、健康雑誌で知った愛知県豊田市の病院で、保存療法のひとつ〔骨穿孔減圧手術〕を左股関節に受ける。月1回、2種のブロック注射・ヒアルロンサン注入・レ-ザ-・点滴の経過診察に通うが、2010年1月下旬、左足に「坐骨神経痛」が発症、通院出来なくなりました。元々の腰痛が筋力・体力低下の代償動作により目覚めてしまい、神経痛が併発したようです。水中トレをしていたが、衰退一方は精神的に焦るばかりの日々、またも3月のブータンは夢と消えた。
愛知での保存療法は期待が持てず2月で終わり、その後は水戸市内の某病院で週2回のリハビリを受け、他に鍼灸院へ週1回通院する。5月下旬、リハの病院で坐骨神経痛の緩和もなく、股関節の保存療法の限界を告げられる。1年前の違和感から始まり、股関節症と苦闘した1年にピリオドか?
ショックでしたが、現況を自覚し始めた私、葛藤しつつライフスタイルの切り替えを決断する。「行動範囲は狭くても目の前の自由な一歩を進もう」・・・と。
6月、身体の一部となる人工股関節。全国のMIS手術専門病院・医師の情報を収集し、術後のリハも考え、近県(この時点で茨城県は情報なし)の専門病院を選び、予約が取れ覚悟する。
そんな折、改めて水戸市内のリハ施設病院を検索中、偶然に北水会記念病院の「水戸股関節センター」と出合う。6月5日土曜日の偶然、こんな身近にまさかの驚きでした。早速7日・月曜日(他県の診察予約日・中止)に受診。平澤先生との運命的出会いでした。
待ち望んでいた様なタイミングにドキドキを覚えました。
「登山して下さい。制限はありません。したい事して下さい」
良い意味でのショック状態になり何度も問い質し、「信じられない!まさか」の連発だったような気がする。山行形態についてもOK。トンネルから出た明るさを感じました。即、手術予定日を決め、諸検査を受ける。不思議と気持ちがルンルン、楽になっていました。
手術当日、最先端のMIS手術。平澤・田中両先生&スタッフの皆さんを信頼し、緊張もせず、歩いて手術室へ。自ら手術台に上る程不安は全く無かった。要した時間は2時間、気が付けば部屋へ。予想していた痛みも軽く、安心したと記憶する。翌日は血栓の有無を確認後、午後からリハビリが始まる。バ-の伝い歩行・足のストレッチ&筋トレ。足の長さも調整されていたので、平澤先生から左右同荷重歩行のトレを教えて頂き、今も毎日続けております。歩行の違和感をなくすとても大切なストレッチです。
翌々日からは1日2回のリハ、悪戦苦闘の連日でしたが、1週間で杖なし歩行が出来た。
平澤先生やリハスタッフ方々の一生懸命な対応に感謝の気持ちで一杯になり、私も応えようと頑張り、2週間で退院となり、杖不要の帰宅でした。杖使用は入院中の3~4日間でした。退院翌日から自分で運転し、8月まではリハビリ通院と自主トレが日課となりました。
術後1ヶ月、平澤先生の指示でウォーキングを開始する。
初日、体力・筋力不足から歩幅・速度が思うようにいかず、1キロ20分が限度でした。一念発起、リハビリに併せジムのパ-ソナルトレを受け、徐々に筋力・体力が付き、今は負荷を付け1時間5~6キロを週4~5日歩いている。嬉しいことに、坐骨神経痛は自然と治まりました。
9月からはリハを週3→2としながら自主トレを兼ね一人週1で近隣の山に登りました。10月3日 富士山単独登頂。超スローペースに筋・体力不足を痛感するが感無量でした。その後もトレ山行を続け、徐々にペースも上がり期待も膨らみ、リハは週1とする。
11月には、念願だったクライミングに挑戦する。脱臼の不安は平澤先生に実験までして頂き解消しました。患者として安心し大変心強い事でした。緊張の再開初登り、人工股関節を忘れてのチャレンジに、仲間の拍手は前進する励みとなり、問題なく楽しめ安堵しました。その後もクライミングを楽しんでおります。

12月には雪山・アイスクライミングを再開。久し振りの装備の重さと雪&アイスバーンに足が重く堪えました。術後5ヶ月、まだまだを痛感するが、出来る喜びは大きかったー!
2011年の新年は、雪山の自主トレ山行から始まり、2月もアイスクライミング・雪山を実践中。手術した覚えが無い位、それなりに充実した山行が出来ております。
術後7ヶ月、ここまで出来るようになろうとは、手術前には想像出来ない事でした。私の術後のライフスタイルに合わせた方向で最善の手術をして頂き、その後も平澤先生の細心のサポ-ト、理学療法士方々のきめ細かいリハビリが、ここまで順調に回復できた要因と思い、感謝の気持ちでいっぱいです。2月10日にリハビリを終了する。
まだ、筋力・体力不足を感じておりますが、今、無限大の可能性が見えて来ています。可能性を達成出来るようこれからも目的を持ち、徐々にレベルアップし、最大限活かせる人生を送れたら幸せと思います。この思いが平澤先生、リハスタッフ、家族、山仲間、知人の支えに対するお礼・感謝の気持ちになると信じております。
今後も平澤先生の定期検診を受けながら、励まし頂いた皆さんに、楽しいご報告が出来るよう前に進んで参ります。秋には海外登山の目標が出来ました。何年後かは分りませんが、右側も同じ症状になり手術を要する時が来るでしょう、その時は、今回のように苦悩する事無く、平澤先生に託そうと、今から決めております。
以前の私同様、悩み過ごされている方に少しでも緩和剤に成ればと、思いを纏めました。「手術をして良かった~」これからの人生に乾杯!!です。